2011年09月13日

気仙沼市 報告(2日目)

気仙沼市 2日目
文責 野村芳美

次の日は、加藤さんご夫妻に、気仙沼市災害ボランティアセンター(気仙沼市社会協議会ボランティアセンター)と被災がひどかった場所を車で案内していただきました。
ボランティアセンターでは1時間強に渡わたり、ボランティアセンターの役割についてお話を伺いました。この半年間の主な役割としては、瓦礫の撤去や泥かき、支援物資の仕分けなど、誰でもできるボランティア活動をしてくれる人たちを集め、必要な場所に行ってもらうという震災支援の仕事で、7月末までに関わってくれた人数は述べ31000人にのぼるとの事でした。しかし半年がたち、これからは「震災支援」から「生活支援」へ局面が変化し、今後は住民のいろいろな要望を聞き、それを各機関へつなげ、住民のコミュニティーづくりや自立支援が主な役割となっていくというお話でした。
ボランティアセンターでの話の後は、加藤さんご夫妻に被災地を車で案内していただきました。まず、加藤さんのお父さんがお勤めだった「向陽高校」もある岩井崎の浜に行きました。ここは未だに瓦礫が残る地でした。向陽高校は当日1/3の生徒が居り、地震発生後はすぐ近くのお寺に避難。しかしすぐそこも危険となりさらにその上を目指して避難したとのことです。波は校舎の4階までにおよび、流された家が校舎の4階にひっかかり、そのためそこに住んでいた方が助かったという場面も合ったようです。
その後、タンクの爆発などがあった海岸線のそばなども通りました。当日は津波に加え、火災なども起こった地域で、この地域にいた人は、何度も起こるタンクの爆発音やその後の火の海に大変な恐怖だったという話も聴くことができました。また、津波により海から陸に打ち上げられた第18共徳丸が陸にそのままの姿で残っていました。これは後世にこの震災を伝えるために残されているとのことです。
帰り道の途中になるので陸前高田にも行きました。瓦礫はだいぶ片付けられた印象でしたが、町がすっぽり消えた状態になっており、再建の道のりの遠さを感じました。また、海からかなり離れたところまで水が来たことも分かり、自然のすごさも改めて感じた今回でした。


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気仙沼ボランティアセンター(奥地さんと職員の方)


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気仙沼ボランティアセンター


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向陽高校


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陸に上がった舟

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海岸沿い

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陸前高田
posted by shuresp at 19:01| 第6〜8回現地派遣報告